【完璧主義との向き合い方~どうしていますか?】
私は現在、建設部門に居ながら、独り市民開発者として現地工事管理システムやデータ管理システムを開発&運用しております。
最近は少しずつ、
自分が構築したkintoneのシステムが浸透してきた
& 社内で「使えるかも?」と認められるようになってきた
&周囲も「あれもこれもkintoneで」というマインドになってきた
という状況です。
認められるようになってきたのは素直に嬉しい!
と思う一方で、いわゆる「完璧」を求められるようにもなってきました。
言い方を変えると、
「要求がどんどん高くなってきた」
ともいえるかもしれません。
一つのシステムを部内で紹介すると、
「ここは自動化できない?」
「この入力が面倒なので省きたい」
「これを入れたら、あれとこれとそれに反映して、さらにあそこが切り替わって、そのあとの結果をそっちに入れてほしい」・・・・・😱
という意見が山ほど出てきます。
ご意見頂戴した以上、回答が必要なのですが、
「全部できますよ」
になります。 ・・・よね。。
kintoneやっていれば、あらゆるプラグインを使い、JavaScriptを書けば、基本的に「なんでもできる」というのは、皆さんご存じの通り…
ただ、こちらも皆さんご存じの通り、やればやるほど、使いにくくなっていくことも事実…
図示してみたのですが、
・ 最初はみんなの意見を取り入れることにより、どんどん使いやすくなっていく😊
・ ところが、ある時を境に急激に使いにくくなっていく😨
➡ 個人的な感覚ですが、
・「もうちょっと改善すればスゴク使いやすいのにな~」と、一部の人に言われるくらいがちょうどいい。
・ 自分自身も「もうちょっと使いやすくしたいな」と思えるところで「やめる」勇気を持つこと。
が大切なのではないかと、思い始めています。
では、
「いったい、どこがやめるタイミングなのか」
> 本当に必要な機能と、そうでない機能の見極めは?
> 使いにくくなる/使いやすくなる の境界線はどこ?
> 「もっと便利にしたい」という自身との闘いw
「出された意見にどう対処するのか?」
> 無視?
> テキトーにごまかす?
> とことん向き合う?
という疑問が出てきます。
よく、「70点でもいいから、まずはアウトプットしよう」と言われますが、「70点の定義」が個人によってそれぞれ異なるのも事実。
そういった意味で、この疑問は、「人はなぜ生きているのか?」と同じくらい深く、「愛と恋の違いは?」と同じくらい人々の価値観によるのかもしれません(笑)
そんなことを考えさせられるkintoneの市民開発は深いな~と思いながら、今日も、データベースと向き合っています。